友好都市 上海市嘉定区を訪問して(3)

■嘉定区を後にして

3日目は、嘉定区を離れ、上海の近郊にある観光地、蘇州を訪ねました。世界遺産に指定されている庭園や斜塔のある「虎丘」を見学し、悠久の歴史をもつ中国のすばらしさを感じました。嘉定区の公園やまちなかでも、蘇州でも、「菊の花」をよく見かけました。実は、菊は奈良時代に中国から伝わったそうです。中国の方がずっと歴史が長いうえに、秋の国花として広く親しまれていることを初めて知りました。

 

いよいよ帰国の朝、世界第二位の高さ(632メートル、128階)を誇る超高層ビル(タワー)に立ち寄りました。天候が悪いため、展望階での視界はゼロでしたが、見上げると、雲を突き破るような高さです。上海は地震の不安はないと聞いていますが、ビルの高さに少し違和感を持ちながら、空港へのバスに乗り込み、帰国の途へ。

 

中国の歴史遺産と発展のシンボル

 

 

■友好都市との交流と意味

八尾市と市議会が初めて訪中団を送った翌年に、八尾市において友好協力に関する議定書が調印されてから30年を迎えました。それ以前から、八尾市日中友好協会を中心に民間レベルの交流が始まっていたので、嘉定区とのつながりは、35年にもなるわけです。この間、双方から青少年や職員を派遣し交流を続けてきました。市議会が訪中団を送ったのは、昭和1985年(昭和60)をスタートに13回。今回、30年の周年事業として結成された14回目の訪中団に、私が参加できたことを大変嬉しく思っています。

 

2日目、あいにくの雨でしたが、匯龍潭(わいりゅうたん)公園内に15周年を記念して建てられた友好の碑を見てきました。また、1985年に植樹されたキンモクセイ・ギンモクセイは、交流の長さを物語るように立派に生い茂り、香りを漂わせていました。

 

日中関係は時としてむずかしい局面を迎えることもあります。だからこそ、国家間のつきあいだけでは見えない中国の姿、市民の暮らしぶり、日本に対する感情などを肌で感じることは貴重な経験だと思うのです。人と人が交流することで、民族や文化のちがい、多様な考え方を知り、その上で、お互いを理解し認め合う努力を積み重ねること。これは、八尾市に住む多くの中国人や外国人市民への施策にもつながるのでしょうが、嘉定区との友好の歴史があるからこそ、私たちはそのような「学び」の機会に恵まれたのです。

 

かつて交流した双方の青少年、若者たちも、どのように感じたでしょうか?これからは、もっと関心をもって嘉定区との交流に目を向けていきたいです。まずは、式典に参加し交流する努めを果たしたことをご報告すると同時に、中国で見聞きし感じたことを、これからの仕事や自分の人生に生かしていきたいと思っています。

 

 

友好のしるし

 

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